お盆になると、先祖をお迎えし一緒に過ごし、また先祖を送って行く・・・実に美しい習慣と思いますね。
実家では、幼くして逝った兄の「想う壇」で手を合わせてきました。仏壇は実家には有りません。
高価な仏壇なぞ・・いくら在ってもそこに心が無ければ只の金箔の箱です。
当然ながら実家には坊主は来ないけれど、他の家ではなぜか坊主が来て訳の解らない呪文を仏壇の前でウニャウニャ言って、お布施を頂いて別の家にまた言って同じことをする期間らしい。
そもそもお経というのはブッダの言った言葉であり、今生きている人間に唱えるもので、仏壇に向かってブツブツ言っても意味有りません。
普段は何も説教もしなのに、そういう時だけちゃっかり現れてオサツ何枚か頂いていくというオイシイ商売。・・・そしてまた、それになんの疑問も抱かない檀家の人達。
おかしいんじゃないかと思うけど、朝鮮の反日教育と同じで・・思考停止になったままだ。
私は、仏法は奥の深い人生哲学だと思っているし帰依してるつもりだけど、そういうことには関心が有りません。
そもそも仏法と葬式とはなんの関係も有りません。檀家というのも宗教統制政策から生まれた江戸幕府の作った制度であって、こんなのは日本しかない制度です。
思考停止してれば、そこには腐敗しかありませんね。その意味で、今の日本の仏教は腐っているということです。