平成13年12月25日・・ある団体の活動で、横浜パシィフィコの国際会議場で徳田虎雄の話を聴いた。
徳之島から苦労して大阪大学医学部に入り、苦学の末に医者になった徳田虎雄。
なぜ医者になったのか・・・もう一度、難病に侵された徳田氏に聞いてみたい。
家が貧乏だったが故に、医者に相手にされずに幼い弟を死なせてしまった無念が、医者への志の始まりだったはずだったのに、いつしか偏屈な性格になって親子関係も歪んでいたらしいし、金カネ・・カネと権力の亡者に変わっていったのか。
とかく一代で会社を大きくしたりした人の陥る悲しい末路を徳田虎雄もたどったということか・・・。
次男、徳田毅はなぜ政治家になったのか???
私にはまったく分からない。
国際会議場で買った本はかなりの量で、感心しながら読んだのだけれど、今となっては徳田虎雄の裏表の実像を知るにつけ虚しいだけのような気がしてきた。
処分するか、残すか・・・考え物だ。
祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵に同じ。
徳田虎雄ばかりでなく、今まで何人も「おごれる人も久しからず」を実践してしまった人を間近でも見てきた。
人は歴史から多くのことを学べるのに、なぜか同じ過ちを繰り返してしまう悲しい生き物だね。。。。